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2008年09月22日

巨匠の対決

ひとむかし前、珈琲のCMで「ちがいがわかる」という名コピーがあった。
子どもの成績表なども相対評価とか絶対評価とか種々かまびすしいが、
世の中すべからく比較によって成り立っていることは自明のことである。
かならずしも優劣ということではなく、
比べることで「ちがいがわかる」のである。

八月のことだが、上野の博物館で「対決―巨匠たちの日本美術」展を観た。
お盆休みと重なったせいで、たいそうな人出であった。

日本美術にかぎらないが、美術作品もまた「比較鑑賞」することで、まったくちがった様相を呈してくるものである。
今回の対決展でも、歌麿と写楽、応挙と芦雪、運慶と快慶、永徳と等伯、鉄斎と大観それに木喰と円空まで並べてあり、「対決」というテーマで、一般にもわかりやすく興味深い企画展となっていた。

やはりいちばんの人気は、宗達・光琳の「風神雷神図」である。
この絵だけは期間限定ということもあったせいか、
特に、国宝の宗達の屏風の前には、外国人や日本の若者たちがびっちりと
並んでいて、その隙間からかろうじてうかがえるといった状態であった。

実は私は数年前に、出光美術館で催された「風神雷神図」展を観ているのである。
このときは、宗達・光琳とともに酒井抱一の屏風が展示してあり、「風神雷神図」としてはこれ以上望めないというほど贅沢な催しであった。

並べて観ることによって、俵屋宗達という人が、いかなる天才であったかということがあらためて納得できるのである。
光琳、抱一は、宗達の絵に感じ入ってそれを模写したのであるから、
それなりのハンデはあるのだが、
模写をしたこのふたりの巨匠たちにも独自の工夫があって、実に見ごたえのある展示であった。
光琳、抱一と眺めていくと、細部が次第に洗練され、デザイン化していくようにみえるのを眺めているのも楽しい。

それにしても宗達の絵の自由奔放なその構成、モチーフの独創性、風神雷神の笑い声まで聞えてきそうな闊達な表情、風にたなびく天衣ののびやかさ、風と太鼓の音まで耳に響いてくるこのおおらかさはどうであろう。

まるで、宗達自身が夏の雨雲の上まで駆け上っていって、
風神と雷神のダイナミックな仕草を見つめながら描いたのではないかと思うほど不思議なリアルさである。
光琳、抱一という傑出した天才画家たちが、この屏風を模写せずにはいられなかった
気持ちがよくわかるのである。

長沢芦雪と円山応挙の「虎」の対決もおもしろかった。

この時代の画家はよく虎の絵を描いているが、獰猛な虎を描きながら、
一様にみな虎の顔が丸くて可愛らしい。
芦雪の虎の屏風は日本最大の作品なのだそうだ。
画面から今にも飛びかかってきそうな迫力をもって描かれているが、
眼光炯炯(けいけい)たる、しかし丸顔の、愛嬌ある虎である。
応挙の虎も剽悍(ひょうかん)で、すぐれてリアルな表現だが顔はやっぱり丸くて可愛いらしい。

なぜ虎の顔が丸くて可愛いのか。
理由は簡単である。
この時代の日本人のほとんどは虎の実物を見たことがなかったからである。

「虎ってどんな動物なの?」
「かたちは猫にそっくりだけど、大きくてコワーイ獣らしいよ」

こんな会話が頻繁に交わされていたのではないか。
かくて天才画家たちも、丸顔の、可愛くて、コワイ虎を描く仕儀となったものであろう。

この芦雪の屏風の裏側には、魚を狙う猫の、リアルな絵が描かれていると、
傍の解説に書いてあった。
芦雪としてはデッサンのつもりででもあったのだろうか。

つまり、この時代の人々にとっては、虎も龍も風神も雷神も同じように想像上のものであったのだ。
その想像上の光景を、ここまでリアルに描写できるというのは、やはり尋常のことではない。
日本のアーティストたちは、技法の伝承と同時に、不思議の世界へと飛翔するイマジネーションの世界をも連綿と引き継いでいるのではないだろうか。

それにしても
これほどの巨匠たちの作品を、並べて比較鑑賞できるという贅沢さは、
私たちが現代に生きている幸せというものである。
ただ、あたりまえのことではあるが、
厳にいましむべきは、
我々が「神の目」でこれらの作品を眺めることであろう。
とかく私たちはこうして作品を並べられると、そのわかりやすさも手伝って、
無意識のうちに、比較の中で優劣を論じようとする習性が発動するものである。
そういう意味では、この「巨匠展」は優れた試みであることは間違いないが、
ひとつまちがえば不遜極まりない企画ということになりかねないのである。
泉下に眠る巨匠たちは、なにもコンペに応じて作品を展示したわけではないのだから。

これだけの、贅沢な鑑賞をさせて戴いているのである。
観る側に謙虚さと自戒の念が常になければなるまい。
表現の「ちがいがわかる」のであって、価値のちがいがわかるわけではないのである。

夏休みの真っ最中のこととて「巨匠の対決」展も、たくさんの子どもたちで
にぎわっていた。
彼らの感想は、簡明率直で、なお文明批評的である。

「(木喰さんの)仏像は、何百年もずーっとあんなに笑ってるなんて
よっぽど幸せなんだね」