「日に新たなり」ホーム > アーカイブ(2009年)

2009年12月09日

小さい秋...

今の季節、行き帰りにみる露を含んだ紅葉の中でも、ひときわ目立つのは、はぜの木である。わが家の庭の満天星(どうだん)もこのはぜの木の鮮やかな深紅にはかなわない。 だいぶ前に、仕事の帰りに根津の権現様をお参りしたあと何気なくぶらぶら歩いていたら、偶然にサトウハチローの旧邸を発見してちょっと感激した覚えがある。フェンス越しに眺めることのできる小ぶりな邸宅と庭は昭和の混沌のなかにあっても純粋な魂を失うこと...

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2009年11月18日

益子の秋

美術品の鑑賞眼などまったくないが、どういうものか私は、子どものときから陶磁器をながめることだけは好きだったようだ。 濱田庄司やバーナード・リーチなどのコレクション展示会の切符をいただいたので出かけてみた。秋は、民芸陶器や古美術などを各地で贅沢に観賞できる季節でもある。 濱田庄司といえば、よほど以前のこの時季に益子を訪れたことを思い出す。益子にいくには、取手から関東鉄道で下館にいき、そこから真岡線を...

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2009年10月20日

なよたけの教訓

藤袴は今がさかりである。私はこの花が咲くといつも、ああ、学芸会のシーズンだなと思う。 小学校時代は学芸会に毎年のように狩り出されていた。中学生になってからは呼び方が文化祭の演劇と、いかめしいものに変わったが、要するに中身は子どもの芝居である。 「桃源にて」「修善寺物語」など外題だけはたいへんな名作に次々「出演」した。武者小路や、岡本綺堂も泉下で苦笑していたことであろう。 中でも私にとっていろんな意...

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2009年10月14日

匂いの記憶

小学校に入ったばかりのころの話なのだが、校門を出てまっすぐの大通りを、友達と道草を食いながら帰ってくると左に折れ曲がる小路で、この時季にはいつも、ふいに強い香りが鼻を衝いてきた。「ああ、お家までもうすぐだ」と条件反射のように思ったものである。 「鼻孔を叩く」と言ったほうがいいのだろうか。私の記憶にある金木犀は、実に強烈な匂いであった。 幼児期をすごしたその家は、当時でも百二十年以上もたつというたい...

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2009年09月17日

格闘技考

相撲を「つもりの文化」と書いたところ、いろいろな方面からご意見をいただいた。 共感した、という方が予想外に多かったのは驚きであったが、さして深い意味もなく書いていることについて深遠なる哲学的註釈をつけてくださる方もいらして、ひどく恐縮した。「相撲」という文化が、いかに深く日本人の心に根づいているかということをあらためて実感させられた。 ところで、「つもり」とは対極にあるように思える格闘技がボクシン...

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