2009年06月02日
「つもり」の文化
隠岐島をたずねたことがある。
後醍醐天皇が流されたところで、そのドラマティックな生涯は
テレビドラマなどでもよくとりあげられる。
そうした貴人にかかわる歴史が多彩なせいか、
この島は相撲が盛んである。
ここで行われる相撲の中で有名なのは神様との相撲である。
その年の稲の実りを占うために、力士に扮した男が
神様と三番勝負を行う。
土俵の上で、ひとりで神様と組み合うのである。
現代風に言えば「エア相撲」とでも言うのだろう。
たいていは一勝一敗で、三番目は勝負がつかずに引き分けとなるのだと
聞いた。
そのゆかりの神社をたずねてみたが、実におおらかな古代の空気が
いまもゆったりと流れていて、なんとも清々しい気分になったものである。
こうした古式ゆかしい相撲のかたちは
伊勢や熊野などにも残っていると聞く。
いま私が住んでいる千葉県北部には、厳島神社の末社がある。
10年ほど前から、そこで奉納相撲が行われていて、相撲好きの私も
一役買っている。
小学生だけに参加資格のある「ちびっ子相撲トーナメント」なのだが、
近隣県下の子どもたちも大勢集まってくれており、
最近はなかなかの活況を呈している。
第1回目には、当時の人気力士、舞の海関にも来ていただいて、
ぶつかり稽古や相撲体操などを教えてもらったりした。
市の教育委員会や地域の会社、商店街、県会議員さんたちからも
熱心な協力を戴いている。
この地は、昭和初期の名横綱、鳳谷五郎(おおとりやごろう)の出身地なのである。
一昨年、神社の境内に常設の土俵ができて、この名横綱の顕彰碑が建った。
碑文の揮毫(きごう)は俳優の滝田栄さんにお願いした。
滝田さんはこの町の出身で、鳳谷五郎の血縁なのである。
鳳は美男力士として有名だったそうだが、
滝田さんの大柄な眉目秀麗ぶりは血筋なのであろう。
奉納相撲は毎年子どもたちの夏休みに催される。
土俵開きの日は、私たちも朝から土俵の下に集まって
神主さんのお祓いを受ける。
神主さんが土俵中央に掘ったくぼみにお神酒や塩、お米などを入れたり
四本柱にお神酒をかけたりしたあと、長い祝詞でお祓いをする。
こうしたお祓いが功を奏しているのであろう、これまで大きな事故は一回もない。
相撲は純粋の格闘技ではないと思う。
以心伝心で、相手を思いやりながらしかも互いの力を見せ合って
「神も照覧あれ」と願う神事が基本であろう。
相撲をスポーツとしてみたとき、
実に不思議なのは、あの立ちあいである。
両者の呼吸で始まるのである。
しかも相撲は、立ちあいに9割がた勝負がかかっていると言われている。
世界を見まわしても
試合開始が、こんな形で行われる格闘技はほかにない。
たいていはゴングか笛が鳴って勝負は始まる。
戦いをフェアにするためである。
モンゴルの相撲などは、始めから四つに組んでいる。
かなり前の話だが
「あの立ちあいという不自然な試合開始のかたちが改善されないかぎり相撲が
国際化されることはない」
という意味のことを
朝日新聞の社説が論じているのを読んだ記憶がある。
当時はひとつの見識と思ったものだが、
立ちあいはそのままなのに、
大相撲は見事なほどに国際化している。
国際化すれば、いろんな問題が派生的に出てくるのは当然のことである。
「神事」の部分を捨てて、純粋のスポーツにしようという流れも
感じられるが、これに私は賛成できない。
土俵の上での規制が多く、
勝負だけを見ていれば単純極まりないこの競技が
「神事」から切り離されたら、
まったくつまらないものになるであろう。
独断的に言えば
相撲は日本の長い均質の文化が育んだ
「つもりの文化」である
「立ちあいのつもり」「呼吸を合わせたつもり」「押したつもり」
「土俵を割ったつもり」など、競技のリアリズムという観点からみれば
まことに不可思議な何ものかが相撲全体を支配している。
はっきり勝負が見えているときに、
ドンとダメ押しを食らわせたりするのは
この「つもり」とは大きくはずれた行為なのだ。
もし、あの鍛え上げた本職のお相撲さんが、
本気で勝負にこだわり続けたなら、
土俵は毎日血を見ずにはすまないだろう。
力士のみごとな肉体は容易に凶器になりうるのだから。
と言ってこの話は、よく言う八百長などとはまったく別次元の話である。
ちびっ子相撲の選手たちを集めて
隠岐島の「エア相撲」の話をしてやったら
みんな目を輝かせて聞いていた。
そしてしばらくたつと
土俵上で奇声をあげながら楽しそうにエア相撲を取り始めた。
彼らは相撲という文化をたしかなところで理解しているのである。
礼にはじまり、礼に終わるとは、この日本独自の「つもりの文化」を
ただしく会得することではないか、などと勝手なことを思いながら、
今年も近づいてきた「ちびっ子相撲」を楽しみにしているのである。