2009年10月20日
なよたけの教訓
藤袴は今がさかりである。
私はこの花が咲くといつも、
ああ、学芸会のシーズンだなと思う。
小学校時代は学芸会に毎年のように狩り出されていた。
中学生になってからは呼び方が
文化祭の演劇と、いかめしいものに変わったが、
要するに中身は子どもの芝居である。
「桃源にて」「修善寺物語」など
外題だけはたいへんな名作に次々「出演」した。
武者小路や、岡本綺堂も泉下で苦笑していたことであろう。
中でも私にとって
いろんな意味でいちばん強烈な印象があったのは、
加藤道夫の名作「なよたけ」である。
この作品は、よく知られているように
作者が戦時中、健康を害して絶望の淵にありながら、
なお純粋な魂を失わず
「竹取物語」に想を得て描いた、純愛の物語である。
その内容は、形而上的愛の極致と言っていいものであり、
主人公二人の愛と俗世間的貴族の世界とを
くっきりと対比して描いた傑作である。
そもそも平安貴族の世界である。
それも形而上的愛の極致の世界である。
それを、中学生が演ずるのである。
この演出をなさったのはわりあい年配の女の先生であったが、
おそらくこの物語に身も心も入れ込んでおられたのであろう。
この芝居で私は、大納言大伴御行という、
いとやんごとなき際にある、貴族を演じた。
いや演じさせられた。
いわば醜悪な俗世間的貴族の代表である。
今思うと、この人物像は、実に奇怪な性格を持っており、
新派なら森雅之、新劇なら滝沢修、
歌舞伎なら先代の勘三郎あたりでないと
とても演じられないほどに複雑な陰翳を持った悪役なのである。
今思っても冷や汗ものであるが、
脚本どおりのセリフと、演出の先生のダメだしを私は、
忠実に、そして一生懸命に追いかけた。
それこそ汗みどろであった。
要するに何がなんだかわからない。
ちなみに、この芝居で
私の恋敵ともいうべき石上文麻呂を演じたのは、
のちに、利根川博士と同じ時期に
ノーベル賞候補となった遺伝子学の本庶佑君である。
また、ヒロインなよたけに扮したのが
民主党・菅直人氏の姉君である真子さんであった。
いまとなっては懐かしい気もしてくるが、
当時は、思い出すのさえイヤだった。
話し合ってみたこともないが、
多分彼らとて、ほとんど理解できなかったにちがいない。
終戦直後というのはまだ、国語の指導や演劇の指導などは
もっぱらかつての文学青年、あるいは演劇少女だった教師が
つとめることが多かったようである。
生徒たちに、自分の描いてきた理想の姿を
舞台で具現化しようとしていたのではないだろうか。
非人間的な戦時下に幼児期、青春期をおくった精神にとって
「なよたけ」は至上の美であったはずだ。
解き放たれた自分の精神を
自由な庭で、十二分に躍動させようとこころみたのであろう。
しかし、師の高邁なる志を理解できない未熟な子どもにとって
あれは、ほとんど拷問に近かったようである。
たぶん学芸会に関して言えば、
今の先生方は、その指導法もはるかに科学的であるだろう。
少なくとも難解かつ抽象的な言葉に子どもたちが
右往左往して悩まされることはないにちがいない。
そういう観点からすると
二重の意味で、あの頃の先生方にはお気の毒だったという気がして
ならない。