「サスペンダーの独り言」ホーム > アーカイブ(2010年)

2010年09月21日

吾亦紅(われもこう)

昨年はほとんど見ることができなかったのだが、今年は、この記録的な炎暑のせいなのかどうか、吾亦紅がその愛くるしい花坊主を見せてくれている。 花、と書いたがあれは花なんだろうな、たぶん。 庭の隅に自生しているようなこの雑草風の植物が、いつのまにやらあの目立たない暗赤色の丸いオダンゴ状の球を長い茎の先につけてくれるとなんだかメルヘンの世界に遊んでいるような気分になる。 わが娘が中学生のときに聞かせてくれ...

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2010年08月24日

モニュメント

日暮里を降りて、谷中の夕焼けだんだんに向かい、御殿坂を少し上がった右手に月見寺がある。正式には長久山本行寺という名刹だが、江戸時代から月見のできる高台にあったことから月見寺と呼ばれているのだそうだ。境内に入ってすぐのところに句碑が建っている。   ほつと月がある東京に来てゐる   山頭火種田山頭火の書いた文字をそのまま掘り込んだもののようである。 その向かい側には一茶の   陽炎や道灌どのの物見塚...

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2010年07月15日

古代のロマン

わが家の子どもたちが通った古い小学校の石門の前に小さな公園がある。その池では、ツガイのマガモがいつものんびり泳いでいる。 ここにはまた、古代ハスとして知られるあの大賀ハスが株分けされていて、この時期になると、毎朝その開花をみることができる。大ぶりの花弁の半分ほどが薄紅色に染まっており、池面に浮かぶ花の貌はおぼろに幽玄である。蓮華、というが、たしかに花と書くよりも華という文字で表わすのに相応しい姿だ...

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2010年06月24日

梅の実に鶯

紫陽花が刻々と表情を変える季節となった。今年は庭の梅の樹がそこそこに実をつけてくれているようである。 昨年は、この樹たちが二本ともまるで疲れきったように実をつけなかった。花のほうはかなり盛んだったのに、である。樹木を長いこと観察している友人の話ではこれは生物としての個体維持反応の一種であって、長いこと梅の樹と付き合っていくにはこの「お休み」は、むしろ慶賀すべきことなんだという。実際にはどうなんだか...

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2010年06月17日

奪われぬもの

梅雨入り前のからりと晴れ上がった日曜日、逗子まで旅して久しぶりに母親に会ってきた。久しぶりに、と書いたように実に親不孝な私は息子なのである。 若い時分に苦労の絶えなかった母は、兄夫婦のもとでまことに平和で安穏な余生を送っている。百六歳を迎えたいまも、矍鑠(かくしゃく)、と言ったら言いすぎだがまことに壮健なのである。 母親の見舞いのあと、近くの葉山マリーナでお洒落な山海の珍味を堪能させていただいた。...

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