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2010年04月26日

灯篭寄席(とうろうよせ)

「東海道中膝栗毛」は江戸期を代表する作品だが、
「木下街道膝栗毛」というのをご存知だろうか。
私はこの復刻版とおぼしきものを
地元の小さな書店で見つけたのだが、
後世にまったく名が残ってないところをみれば
あまり売れはしなかったのであろう。
おそらく「東海道...」で爆発的に当てた版元が、
何匹目かのドジョウをあてこんで
むりやり発刊したものではないか。
いつの世も出版社の考えることは同じである。

木下街道の終点である北総の木下河岸近くの道沿いに
昔の旅籠がそのままの姿で建っており、
国指定の有形文化財になっている。
数年前から、町おこしの一環としてなのであろう、
この古い家屋の保存活動がさまざまの形で行われている。

庭のあちこちに
太い孟宗をはすに切った竹灯篭を置き、
それを背景に、襖、障子をぶち抜いた大広間に高座をしつらえて
落語の会をやるのである。
名づけて「灯篭寄席」
普通は灯篭寄席といえば夏の怪談話が通り相場なものだが、
ここでは冬場にストーブを置いて、震えながらの落語鑑賞である。

文化財で木造の旧家だから、冷房装置をつけるわけにはいかない。
かといって夏の暑い日に、この古い旅篭で冷房ナシでは
おそらく噺家さんのほうが先にダウンするにちがいない。

先日はじめてこの寄席を聴かせてもらった。
演者は、金原亭馬治さん。
二つ目の噺家さんである。
毎年やってきてたっぷりと大きな話をしてくれるのだという。
ありがたい話である。

「木下専属の落語家、金原亭馬治です。今のうちに私にご祝儀を
いただいておけば、私が人間国宝になった暁にはたいへん自慢に
なること請け合いです。」
というのが得意の振りである。
金原亭馬治さんは、その亭号、名前から想像できるように
当代馬生師匠のお弟子さんである。
私など馬生といえば、
志ん生の長男である名人馬生をすぐに思いうかべるが、
いまの若い方にははるか彼方の伝説にすぎまい。

さて馬治さんの噺。
なんと「茶の湯」「井戸の茶碗」という大きな話を
二席もやってくれた。
どちらも、名人上手が演じる話で少々びっくりしたが
田舎の一軒家でやってるという気負いが強いのか、
実に堂々たる話しっぷりであった。

おもしろかったのは会場で
「金原亭馬治」と藍に染め抜いたタオルをいただいたことである。
手ぬぐいではなく西洋タオルなのである。
たしかに実用的ではあるのだが、
やはり噺家の名を染め抜くのは
伝統の日本手ぬぐいであってほしいという気はする。

大奮闘の馬治さんだったのだが、
「茶の湯」の語りはじめに
「にぎやかな蔵前からさびしい根岸へ引っ越して...」
というところで「にぎやかな根岸から」と言ってしまった。
単純な間違いなのだから、すぐ言い直せば済むところなのだが、
ちょっとあわてていたのか
そのまま続けて「さびしい蔵前へ」とやってしまった。
まさか、どうせ木下の聴衆だ、蔵前も根岸もあるものか、と
思ったわけでもあるまいが、とにかくそのまま話し続けて
無事(?)終わった。

この言い間違い自体はたいした話ではないのだが、
この「埋め合わせ」の心理がとてもおもしろいと思ったものだ。
脳のどういう作用なのか知らないが、最初に根岸、と間違えてし
まうと次のところでもう一度根岸と言うわけにいかなくなり、
使用してなかった蔵前をそこに嵌め込んでしまうのを
「埋め合わせ」の心理と言うんだそうだ。

キャスターとして名高い森本毅郎さんが、
NHKのニュースを読んでいて「カンボジア難民」と言うべきと
ころを「ンボジアンミン」とやってしまったそうである。
これもうっかりで始めてしまったために、未使用のの行き場
所がなくなって起こった、埋め合わせ心理の典型例である。

ただし、若い馬治さんにとって
現在の根岸はもはやさびしいところではないのだから、
「埋め合わせ心理」などとは関係ないのかもしれない。