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2010年05月06日

オノマトペ

初夏の到来をつげるにふさわしいのは
ヨシキリのあの鋭い叫び声である。

ヨシキリには
オオヨシキリとコヨシキリがあって
鳴声も姿もはっきりと違うんだそうだが、
いつも私が聞いているのは
どっちなんだろう。

ヒバリのように飛びながら鳴く鳥とちがって
藪の一ヶ所だけからあの鋭い独特の鳴き声が聞えてくる。
鍛え上げた踊りのお師匠さんのように
姿勢をピタッときめて唄っているのだろうか。

ヨシキリというのはおそらく「葦切り」なのであろう。
川辺のヨシ(葦)の藪の中に棲みついているからなのか。
あの声を聞いているとたしかに
ヨシキリという命名がピッタリという気がする。
葦の長い茎をピシッと断ち切るような響きなのだ。
おそらく古代の人々は
この鳥に小気味よいリズムを感じたものに相違ない。

ただ音声というのは、人によって聞き方感じ方がひどく違うもの
であって、このヨシキリもギョウギョウシなどという別名を持って
いる。
この命名者はたぶん彼らの声をあまり快くは思っていなかった
のにちがいない。

日本語ほど擬声語、擬音語(あるいは擬態語)の多い言語は
世界的にも珍しいという話を、かれこれ三十年以上も前に
角田忠信博士が「日本人の脳」という著書に書いておられた。
いまのいわゆる右脳ブームの嚆矢となった著書である。
専門的な話は別として、
日本人の言語表現がこのオノマトペ(擬声語)を無視しては語れ
ない、ということを
脳生理学の観点から一般人に向かってわかりやすく言及された
のはおそらくこれが初めてではなかったかと思う。
角田博士は耳鼻咽喉科の先生だから、聴覚によるその臨床報告
はきわめてリアルで精緻なものに思えた。

私は当時、幼児物の企画開発にたずさわっていて、発達心理学に
熱中していたので、このオノマトペの話がとてもおもしろくて、
著者の方々との議論でもいつも話題にしたものである。

オノマトペが話題になるとき
かならず引き合いに出される作品がある。
ヨシキリの鳴声を表現したなかで
つぎの詩以上のものを私は知らない。

オトウサンヲキリコロセ
オカアサンヲキリコロセ
ミンナキリコロセ                 (丸山薫:病める庭園より)

すぐれた詩人は常に、鋭い感性で時代を超えていく。