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2010年06月17日

奪われぬもの

梅雨入り前の
からりと晴れ上がった日曜日、
逗子まで旅して
久しぶりに母親に会ってきた。
久しぶりに、と書いたように
実に親不孝な
私は息子なのである。

若い時分に苦労の絶えなかった母は、
兄夫婦のもとで
まことに平和で安穏な余生を送っている。
百六歳を迎えたいまも、
矍鑠(かくしゃく)、と言ったら言いすぎだが
まことに壮健なのである。

母親の見舞いのあと、近くの葉山マリーナで
お洒落な山海の珍味を堪能させていただいた。
窓からみえるヨットの、林立する帆柱が
波間にキラキラ輝いて美しい。

ふと若い頃に読んだ石原慎太郎のいくつかの作品群を想った。
田舎の高校生には、あの湘南族の世界はまったく想像外のもので
あった。
しかしながら
若い感性には新時代の到来を思わせる不思議なきらめきに満ち
溢れていたのである。

思い出すことがある。

朝餉のあと茶飲み話をしていた母親が、ふいと
「慎太郎の「奪われぬもの」というのはとってもいいね」
と高校生の私に言ったのである。
どうやら、私が持っていた慎太郎の
短編集を読んだらしいのである。
学校にいく直前のせわしない時の会話であったから、
そのままになってしまったし、そのあともわが母と
この、時代の旗手ともいうべき作家について語り合うことは
ついになかったが、今思えばちょっとばかり残念な気がする。

おぼろげな記憶で申し訳ないが
「奪われぬもの」はサッカーを主題にしながら、青春を駆け抜け
てきた二人の男のありようを、ある試合の日のエピソードを切り
取るように描いた好短編である。
ただ私には、その作品そのものよりも、普段慎太郎など読まない
母親が、ふと洩らした感想を今でも記憶していることが驚きなの
である。
母は、若き日のある時期、詩人高橋新吉などと交流のあった
文学少女であった、らしい。
らしい、というのは彼女が発表した作品をいまに到るまで見たこ
とがないからである。
彼女から聞くのは、明治生まれの人にふさわしく
若山牧水や石川啄木の歌である。
あまり会話のかなわなくなった今でも、これらの人の歌は実によ
く覚えているようだ。

母親にまつわるエピソードのせいもあるが、
「奪われぬもの」というタイトルは、少年の私の心に、
強烈な印象を刻み込んだ。
それは、強い矜持と信念を持ち続けて
様々の苦難を乗り越えて生きてきた
明治生まれの女の、毅然とした背筋を思わせた。

「白鳥は哀しからずや空の青
             海のあをにも染まずただよふ」
母は牧水が好きであったが、
この歌は格別にお気に入りなのである。

しかし同時に私の姉の、
「あんまり染まなさすぎるのもねえ」
という皮肉っぽい、
しかしなんとなく的確な母親評が
子供心にもある程度共感できた気がして
少しおかしかったのを覚えている。