2010年06月24日
梅の実に鶯
紫陽花が刻々と表情を変える季節となった。
今年は庭の梅の樹が
そこそこに実をつけてくれているようである。
昨年は、この樹たちが二本とも
まるで疲れきったように
実をつけなかった。
花のほうはかなり盛んだったのに、である。
樹木を長いこと観察している友人の話では
これは生物としての個体維持反応の一種であって、
長いこと梅の樹と付き合っていくには
この「お休み」は、むしろ慶賀すべきことなんだという。
実際にはどうなんだかわからないが、
そう聞くと、ほんとらしく思えるから不思議である。
多い年には二本の梅で
10キロ以上の収穫があるのだ。
最初の頃は、家人が梅干に挑戦していたのだが、
周知のとおりこれはなかなかの難事である。
天日干しで滅菌していくのが基本だが、
少しでも雨にあててはいけないのだから、
この時季にはたいそう神経を使うのである。
近年は、すっかり梅酒で定着している。
ホワイトリカー、ブランデーなどに漬け込んで
三ケ月もたてば十分に飲めるようになる。
氷砂糖、アルコールとの配分を間違えなければまず失敗はない。
わが家の床下には、5年もの6年ものの広口瓶が、ところ狭しと
林立しているのである。
ときどき引っ張り出して
氷を張ったグラスに注いでみるが、
とろとろと琥珀色に輝いていて、一種美しい眺めである。
美しいだけではなく、存外に美味である。
たぶん健康にもいいんだろう。
さて今年の梅の実。
日曜の曇り空の下で、
いつものようにものものしいいでたちで
脚立を立てて採り始めたのだが
あっという間に作業が終了してしまった。
あっけないことこの上ない。
量ってみたら2キロ弱しかなかった。
なんだか拍子抜けする思いであったが、
「葉がいっぱい繁っているから、来年はまた豊作よ」
という家人の話をとりあえず恃みにすることとした。
なんと、鶯が鳴いている。
梅にうぐいすと言うが、
これは梅の、花の季節のことだとばかり思っていた。
(天神様の梅もそうだろうし、花札の絵をみてもそうである。)
しかし実の結ぶ時季にもなお鳴いているのだと知って
あらためて驚いたのだが、
私が迂闊だっただけで、別に驚くにはあたらないのだろう。
つややかで張りのあるその鳴きっぷりは
私の固定観念など吹き飛ばすほどに爽やかである。
「わが死後へ わが飲む梅酒遺したし」 (石田波郷)