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2011年12月22日

世間胸算用

師走といい極月と言っても、
季節感の希薄になってきた近年では
西鶴の時代のような切迫感を持たなくなってきているが、
ただ懐中の侘しさをかこつ心持ちだけは時を超えて共通してい
るように思う。

昭和20年代の頃には暮れになると
きまってラジオでは
落語の「掛取り」や「芝浜」をやっていた。
毎年のように流れるこの話を聞きながら
借金取りというのはなぜ晦日にしかやってこないのか、と
子ども心に不思議でならなかった。
近松の浄瑠璃でも、なぜか晦日があけるのを恐れるように
債鬼が債務者を追い回すのである。
高利貸しに苦しめられたことで有名な内田百閒も
とにかく大晦日をなんとかやり過ごそうと必死でもがく様子を
しばしば描いている。
山の作家深田久弥も、純文学の原稿料の安さをぼやきながら、
近づく暮れにおののきつつ、借金を申し込む長い長い手紙が鎌
倉文学館に陳列してあるのを見たことがある。

つまりこれは晦日に貸借精算の約定を実行する、というこの世
の大前提があってこその人間劇なのであろう。

江戸期までの日本でも、関孝和のような人がいて
高等数学は発達したが、どうも金融学や財政学というのはあま
り盛んではなかったようである。
といって金に関心がなかったわけではない。
「金が仇の世の中」などというセリフがしばしば飛び交うし
落語にも「あかにしや」のような超ケチンボの話がある。
ただ本格的な財政の専門家というと、恩田木工や、二宮尊徳、
そして為政者としては上杉鷹山などのような、ひたすら「勤倹節
約」を旨とする考え方を出ないように思える。

これではとても最近のサブプライムローンのような詐欺まがい
の金融工学には太刀打ちできない、と思う。
複式簿記を発明したのはイスラム教徒だそうだが、ここを起点
にして英国人やドイツ人たちは狡知でタフな財政・金融の感覚
を飛躍的に発達させてきた。

江戸期の大阪商人は国際感覚豊かであったと聞くが
それでもなお、大福帳のような単式簿記に近い財政感覚だった
のではあるまいか。到底今日の貸借対照表の精緻さにはおよ
ぶべくもないだろう。

そもそも金とは縁がなく、財政感覚の極めて乏しい私ごときが言
うのもはなはだおこがましいのだが、この世を成り立たせている
ものが、お金という「共同幻想」のシンボルと言うべきものであ
ってみれば、その流通の仕組みはまことに神秘的かつ摩訶不思
議なものと言うほかはない。

養老孟司さんが言っていた。
「お金をシンボルとしてでなく、物そのものの価値において使用す
るのは、銭形平次だけである」

晦日のせわしさがなくなったわけではない。
一年中、晦日の気ぜわしさで攻め立てられるようになっただけで
ある。

                 矢次 敏(廣済堂あかつき 相談役)