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2012年01月25日

賢治のオノマトペ

霧雨けぶる青葉通りをひさしぶりに歩いたが、
寒気が肌にしみて踏みしめる足元がいささかおぼつかない。
先週末、仙台で行なわれた全国図書教材協会主催の
「ことばのフォーラム」に出席してきた。

絵本作家いわむらかずお氏の講演を中心に
東北ゆかりの文化人の方々のパネルトークなどが行なわれ
たいへんな盛況であった。
いわむらさんの「私の原風景」のお話は、氏とほぼ同時代をと
もにした私には、こころの弦に強く響くところが多かった。

私もここで何度か書いているが、
幼児期の風景とは、ただ記憶の底に残っているだけのもので
はない。それは、だんだんに深まっていき、自分のなかの
たしかな原風景として変化し、進化を遂げて確固としたイメー
ジになってきているのである。
それはすでに、その人間の思想と呼びうるものであるだろう。
さすがに詩人であるいわむらさんは、
ことさらに思想などということばを
あざとく使うことはなかったが、本質はまさしくそういうもので
あるだろう。
(ただ、氏にとっての雑木林や虫たちの風景が、私の場合に
は海や砂浜、高い波、銀鱗をひるがえす大小の魚たちにとっ
てかわっているだけである。)

牛崎敏哉氏の賢治の詩をめぐる
独り芝居は、私に新しい賢治を発見させてくれた素晴らしい
パフォーマンスであった。
牛崎氏は宮沢賢治記念館の副館長であられるそうだが、
岩手訛りというのか、花巻訛りというのか
独特のイントネーションによる「鹿踊(ししおどり)のはじまり」
を聴きながら、宮沢賢治のあの「銀河鉄道の夜」は
よく言われる天空へのイメージからだけではなく、
まさしくこの重々しくもリズミカルな訛りの響きから誕生した広
大なイメージなのではないか、と感じた。

「お日さんは
はんの木の向さ 降りでても
すすぎ、ぎんがぎが
まぶしまんぶし」

文章では伝えられないのが残念だが、
牛崎氏の、この「ぎんがぎ(ン)が」という発音には、
この地方にしか生まれない不思議なファンタジーがあった。
氏が言われるように
賢治の作品はオノマトペに特徴がある。
「なめとこ山のくま」、「ペンネンネンネンネン・ネネムの伝記」
「グスコーブドリの伝記」
タイトルを口に出してみるだけで、不思議なオノマトペの感覚
の連続である。
多くの文学者が賢治についてよく言う、
「ロシア文学の中のごく都会風の手触り」というのが
これであろうか。
賢治のお洒落なオノマトペはまさにこの地で生まれたのである。
「どこまでいっても賢治はぎんがぎんがで銀河につながってるん
ですよね」と牛崎氏は語るが、銀河が先にあるんではなくて多分
ギンガギンガという音に引っ張られて銀河のイメージが現われた
のではないだろうか。
そうとしか思えないほどに私の体内にこれらの響きは新鮮であっ
た。

まことに突飛な発想だが宮沢賢治の詩も童話も、
そのすべてを、一度岩手の訛りで聞かせてもらったら、
まったく違った、さらに素晴らしい世界が拡がってくるのではない
だろうか。
37年の短い生涯に、地震津波や、大きな戦争を幾度となく経験
しながら、農民の生活向上に命がけで取りくみ、明治、大正、
昭和を駆け抜けた稀有の詩人。
その不思議にすずやかなオノマトペの響きの中に、
私たちは新しい希望の光を見つけられるのかもしれない。

霙となった広瀬通りを仙台駅へいそぎながらとりとめもなく思っ
たことであった。

                 矢次 敏(廣済堂あかつき 相談役)