第1話 「あんたはもうすぐ野垂れ死に」の巻 後編
●ランデブーは空中で
女王アリの寿命は約10年ですが、一生のうちで地上に出るのはたった1度だけです。その1度が、結婚式の当日です。風のない晴れた春の日に、近隣の巣から申し合わせたように、女王アリとオスアリが出てきます。巣の周りには、働きアリたちもゾロゾロと集まってきます。本当の結婚式であるかのようなにぎわいです。
そして、飛び立った女王アリをめがけてオスたちが一斉に追いかけます。体の大きな女王アリは高く飛べるため、ほとんどのオスは追いつくことができません。強いオスだけが何とか女王に追いつくことができ、交尾をすることができるのです。
女王アリはこの地上に出られる最初で最後の結婚式の日に、できるだけたくさんの強いオスと交尾して、精子を体内に集めておきます。巣に戻ると、10年をかけて小分けにして使うのです。精子を体内にストックして、好きなときに使えるというのは、人間からすると、信じがたい仕組みです。ちなみに、交尾できなかったオスたちは巣に戻ることは許されず、地上をさまよい死を迎えることになります。
キリ助「へぇ、10年! 僕も長生きしてお嫁さんいっぱいほしい!」
アリサ「アンタには1人のお嫁さんとずっと暮らすという発想はないのか...。まぁいいわ。歌が歌えるんなら、レコーディングしてダウンロード販売できるようにしたらいいじゃない。最近はこの辺の虫たちだってiPodくらい持ってるわ。売れたら食べ物も手に入るし、ファンがお嫁さんになってくれるかもしれないわよ?」
キリ助「一石二鳥ってわけだね! さすがアリさん、長年生きているだけあって頭いい!」
アリサ「何それ? アタイがババァだって言いたいの?」
アリサは、ムチを握りしめます。
キリ助「か、考えすぎだよ。とにかくぼく、歌を売って売って売りまくって、富豪のキリギリスになるよ!」
●誰だって、最初は"はじめて"
力強く宣言したキリ助には情熱がみなぎってきました。アリサもそんなキリ助の様子に、ちょっとエールを送ってやりたい気持ちと、いいかげんにこの場所をどいてほしい気持ちが入り交じっています。
キリ助「ところでアリサ......」
アリサ「なに?」
キリ助「どうやったら、歌って売れるの?」
アリサ「アタイは歌なんて歌わないし、そんなの知らないわよ」
いざ「歌を売る!」と宣言してみたものの、キリ助の心の中は、『はて、僕はどうやって歌を売るんだろう?』と、現実に引き戻されるのでした。
キリ助「でもさ、売り方がわからないんじゃ、結局売れないよ。最近の音楽業界は業績が右肩下がりだって聞いてるし。やっぱり僕はこのまま死ぬんだぁー!」
ピシッ! ムチがキリ助の目の前をかすめました。キリ助は、びっくりして尻もちをつきます。
アリサ「誰だって、最初ははじめてなのよ! できることからはじめないと一歩も前に進まないわ。アタイらアリだってそうやって巣を作っているのよ」
キリ助「え、どういうこと?」
アリサ「アタイらが巣を作るとき、巣の設計図なんてないの」
キリ助「でも、アリさんの巣ってどれも立派だよね。地面の中を迷路みたいに縦横無尽にはりめぐらされていて」
●問題が起きれば、その場でなんとかする
アリサ「巣は、アリの1匹1匹が、『自分がいい』と思うことをバラバラに行動しているの。失敗したらすぐに戻ってやり直して、また失敗したら戻ってやり直して。その結果、偶然に設計図があったかのように、巣が完成しているのよ」
キリ助「へぇ~、不思議だね」
アリサ「だからやり方なんて必要ないし、できるかどうかを考えたり悩んだりする必要はないの。大切なのは、『自分がやる』かだけじゃない?」
キリ助「そうか、ぼくは今まで、『できるか? できないか?』でものを考えていたよ。とにかくはじめてみて、うまくいかなければ改善をしていけばいいんだね!」
アリサ「アタイらの巣を作る仕組みを、人間は"オートポイエーシス"と呼んでいるわ。人間は、『自信』や『事前の準備』がないとなかなか行動できないみたいだけど、やったことがないのに自信を持つなんてできないし、いつも準備ができているほど先を見通せることなんて少ないんじゃないかしら。そうであれば、"オートポイエーシス"式に、とにかく一歩踏み込んで、問題があればその場でなんとかしていくことが大事なんじゃないかしら?」
キリ助「アリサ、ありがとう! すっごく勇気づけられたよ」
キリ助は、アリサの言葉にうろこが落ち、『とにかく一歩を踏みだそう』と、再び決意をしたのです。
キリ助「ところでアリサ、ボクと結婚しよう! まずは行動しなくちゃ」
バシッ!!!
アリサ「そーじゃないでしょ! いーかげんに早くそこをどいて!!!」
いつまでも動かないキリ助に、しびれを切らしたアリサのムチが炸裂。キリ助は、遠くの草むらに飛ばされてしまいました。
こうしてキリ助は自分が作った歌を売る旅に出ます。しかし、見ての通りの性格なので簡単には売れません。この後、いろいろな虫たちに出会うことで、大切なことを体で覚えていくことになります。
毎日が何となく退屈だと思ったり、働くことに意味を見いだせなくなってきた方には、きっと刺激になると思います。次回をお楽しみに。
※お話を作る背景になった虫の詳しい生態の話は、著者・齊藤のホームページに載せてあります。興味のある方はごらん下さい。
http://www.nextstandard.jp/category/1264785.html















