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第13話「成功の法則なんて、みんな後づけだってーの!」の巻

●この期におよんで...

 

 

メジャーデビュー・コンテストの朝がやってきました。優勝すれば、夢のメジャーデビューと、冬を乗り越えるのに充分な賞金が手に入ります。優勝を逃せば、冬を乗り切れずに死んでしまいます。キリ助はどうしているのでしょう?

 

 

キリ助 (こ、こ、こ、声が出なくなっちゃった......)

 

 

キリ助はここ数日、人生がかかった初めての大舞台を前に、プレッシャーがかかり過ぎて、何もノドを通らない状態でした。今朝目覚めてみると、声が出ない上に体も自由に動かなくなっていたのです。まずはノドを治そうと、うがいをしたりマフラーを巻いたりしてみましたが、一向に効果がありません。

 

そのころ、コンテストの会場では、受付係のコガネムシの小金さんが、受付を済ませていないキリ助にヤキモキしていました。

 

 

小金 「キリ助さん、遅いなぁ~。もうみんなは受付を済ませて、リハーサルしてるのに......」

 

エンマ 「棄権だな」

 

小金 「またエンマさんですか。キリ助さんに恨みでもあるんですか?」

 

エンマ 「ないよ。ただ、彼はライブのとき、いつも最初から最後までいたことないからな」

 

小金 「そんなことはわかってます。エンマさんも早くリハーサルを始めたほうがいいんじゃないですか?」

 

エンマ 「アドバイスありがとう。おや、受付の締め切りまであと1時間ないね。どうなるのか楽しみだよ。ははは」

 

 

タイムリミットが迫る中、一番焦っているのは小金さんではなく、キリ助本人です。

 

 

●早く病院行かなきゃ!

 

 

キリ助 (時間もないし、救急病院で治してもらわなきゃ)

 

落ちている枝を杖代わりに、不自由な体を引きずるように病院へたどり着きました。

 

キリ助 (着いた......)

 

いつもなら5分もすれば着く場所なのですが、今日はその何倍もかかってしまいました。

 

キリ助 (この病院かぁ~)

 

看板には消えかかった文字で、「ヤブ記念病院」と書かれています。診療科目には、「腹痛から自転車の修理まで」とあり、幅が広過ぎるところがキリ助の不安をあおりました。

 

キリ助 (なんかすごく怪しい。でも、早く治さないと)

 

 

院内は薄暗く、人の気配がまったくありません。ギシギシと歩くたびにきしむ廊下を行くと、「こ・ち・ら・へ」という声が、診察室の中から聞こえました。恐る恐る扉を開けると、目の前に、黄ばんだヨレヨレの白衣を着た年老いたクモが座っていました。

 

 

●一刻の猶予もねぇ

 

 

クモ 「アタスが院長のヤブって言います。おお、あんた、死兆星が出てるだぁよ」

 

キリ助 (死兆星?)

 

ヤブ 「ちょっと待ってるだよ、すぐ準備をしてきますからねぇ」

 

キリ助 (......?)

 

そう言い残したヤブはカーテンの向こうへ消えたかと思ったら、8本の腕に、メスや注射器、トンカチ、ノコギリなどを手に持って戻ってきました。

 

キリ助 「ちょ、待って、待って!」( ;゚ロ゚)/

 

ヤブ 「一刻の猶予もねぇだよ。すぐに手術しないと」

 

 

メスや注射器を持つヤブ翁の手は、小刻みにプルプル震えており、どう見てもアブナイ感じです。

 

 

キリ助 「手が震えてるって!」

 

ヤブ 「手が? ちょっと持病が出ただけだぁよ。特製の薬を飲めば、たちまち止まるだよ」

 

そう言ってヤブは、机に置いてあった瓶をラッパ飲みしました。ラベルには、『大吟醸』と書かれています。

 

ヤブ 「プファ~。ほれ、震えなんて一発で治るだよ。ヒック」

 

キリ助 「それアル中!」(゚Д゚|||)

 

ヤブ 「うるさい患者だぁ。治療のために麻酔をかけておくだぁよ」

 

 

ヤブは、急に声を荒げ、8本の腕を広げてキリ助に迫ってきます。

 

 

キリ助 「やめてぇ~!」( ;゚ロ゚)/

 

 

 

 

13話_web.jpg 

 

 

●受付終了まであと30!

 

 

キリ助が怪しい医者を相手に格闘している間も、受付の小金さんはキリ助のことが気になってしかたがありません。

 

小金 「ホントに締め切り時間になっちゃうよ~。何かあったのかな?」

 

締め切りまで残り30分を切ったころ、受付を終えていないのは、キリ助だけになりました。小金さんはいても立ってもいられず、会場を飛び出し、出会った虫たちに「キリ助さんを見ませんでしたか?」と聞き歩きはじめました。

 

そのころ、キリ助はキリ助で、襲ってくるヤブと必死の大立ち回りをしていました。何しろ相手は8本も腕があり、どこから攻撃がくるのか読めません。必死に逃げ続けていましたが、とうとう壁に追いつめられ、無我夢中でクモの腕を振り払っていると、その拍子に握っていたメスがヤブの体をスパッと切り裂きました。

 

 

ヤブ 「ち、血が出たぁ~。早く医者を呼んでくれ、医者を!」

 

 

ヤブは床を転げ回りながら叫びます。

 

 

キリ助 「あなた、医者でしょ?」( ゚д゚)

 

ヤブ 「ん!? おお、そうだった。どれどれ、う~む、この傷は深いだぁね。もうダメかもしれない」

 

キリ助 「そんなカスリ傷、バンソウコウもいらないよ!」 (#`Д´)

 

ヤブ 「ところで、あんた、何しに来ただ?」

 

キリ助 「最初に聞いてよ......。えっとね、朝起きたら声が出なくなったんだ」

 

ヤブ 「......? どこもおかしくねーようだけど」

 

キリ助 「あれ? ホントだ! 先生に驚かされたら治ってた」

 

 

●神経が高ぶり過ぎ

 

 

ヤブ 「原因は精神的なところからきてるかもしれねーな」

 

キリ助 「そうか、今日ボクの命運を握るコンテストがあって、緊張で数日前から何もノドを通らなくて......」

 

ヤブ 「神経が高ぶり過ぎだーね。このまま会場に入ったら、また声が出なくなっちまうかもしれないだよ」

 

キリ助 「それは困るよ。今日だけでも持てばいいから、注射で治してよ」

 

ヤブ 「それならいい薬、打ってあげますからね」

 

キリ助 「痛くても我慢するから、よく効くやつにしてね」

 

ヤブ 「あいあい、わかりましたよー。でも、途中で目を開けないでね」

 

 

●信用のならないヤブ医者だ

 

 

キリ助 「わかったよ。頼むね。ホントに」(-_-;)

 

キリ助が診察台に横たわり、目にタオルをかけられている間、何やらカチャカチャと金属がこすり合わさるような不吉な音がします。その緊張感がある時間がしばらくあったあと、静かな声でヤブがささやきかけます。

 

ヤブ 「じゃあ、いきますよ~」

 

キリ助が覚悟を決めたそのとき、バシッ!という音とともに、診察室の扉が開きました。何ごとかと扉のほうを見ると、小金さんが飛び込ん来たのです。その目を真上に向けたとき、ヤブは大きなキバを広げ、キリ助を今にも食べようとする態勢でした。

 

キリ助 「うわ~、食べられる~!」

 

小金 「これはいけない!」

 

小金さんはとっさに4枚の羽を広げ、戦闘機のカタパルト発射のような勢いでクモに体当たりをしたのです。全身を硬い殻で覆われた小金さんの体当たりは強烈で、ヤブは診察室の壁に吹っ飛びました。

 

小金 「キリ助さん、大丈夫ですか?!」

 

キリ助 「あ、ありがとう。助かったよ」

 

 

キリ助の安全を確認した小金さんは、クモの目の前に立ちふさがります。

 

 

●『薬』と『毒』は同じ

 

 

小金 「さぁ、自首する覚悟はできていますか?」

 

クモ 「早とちりだぁよ! あたしゃ注射を打とうとしただけだぁよ」

 

小金 「どう見ても、毒のキバで咬もうとしてたじゃないですか!」

 

クモ 「毒も薬も、言いかたが違うだけで一緒だぁよ」

 

小金 「何をワケのわからない言い訳を」

 

キリ助 「待って、この人の話をもうちょっと聞いてみよう」

 

クモ 「これだから素人は困るだよ。ええかい、薬と毒は基本的に一緒」

 

 

一般的には、薬と毒は正反対なものと思われがちですが、実は、両者の違いは非常に微妙です。同じ成分の薬でも、適度な量を摂取したときには体に良い効果をもたらし、『薬』と呼ばれます。逆に摂取量が多すぎると、体に悪い効果をもたらして、『毒』と言われるのです。

つまり、すべての『薬』は『毒』であるとも言えるのです。

 

 

クモ 「あたすらクモの仲間には、人間も殺せるほどの神経毒を持った種類もいるだぁよ。でも、人間たちは、その毒が神経に働くのを利用して、不整脈の薬にしようとしてるだぁよ」

(著者註:シドニージョウゴグモが持つ、ロブストキシンという成分)

 

キリ助 「へぇ!」

 

クモ 「サソリの毒だって、脳腫瘍の薬として有望なんだぁよ」

(著者註:サソリの毒であるクロロトキシンは、ある種の脳腫瘍と特異的に反応するそうです)

 

キリ助 「サソリの毒も薬なんだ!」

 

クモ 「とにかくあたしゃ、神経が落ち着く薬を注入しようとしてただけだぁよ」

 

小金 「そうだったんですか。早くそれを言ってくださいよ」

 

クモ 「言う間もなく、あんたが体当たりしてきただぁよ」(#`Д´)

 

キリ助 「まーまー、落ち着いて」

 

クモ 「でも、あたしの薬も、一時しのぎに過ぎないからねぇ。本番ではまた緊張してぶり返すかもしれねぇだぁよ」

 

 

●"緊張する"のは、勝負の準備ができてる証拠

 

 

キリ助 「それは困るよ」

 

ヤブ 「あんた自身が緊張し過ぎるのがイカン」

 

キリ助 「『緊張しちゃいけない』と思うと、余計に緊張しちゃって」

 

ヤブ 「自分が試される場面では、緊張するのが当然だぁよ。そもそも緊張なんてーのは、獲物を狩る際、自分の身体能力を鋭敏にするための本能。緊張しない人こそ修理がいるだよ」

 

キリ助 「『修理』って言わないで!

 

ヤブ 「だから緊張してるときには、『自分は正常に機能してる』と思えばいいだぁよ」

 

キリ助 「『機能』とも言わないで。機械じゃないんだから」

 

ヤブ 「そもそも、コンテストで結果やライバルを気にしてもひとつも意味ねぇだよ」

 

キリ助 「気にしちゃうよ! だって結果を出さないと冬を越せないんだよ、ボク」

 

ヤブ 「結果やライバルを気にしても、あんたには何もできねぇだよ。できるのは、"自分がベストを尽くすことだけ"と違うかい?」

 

キリ助 「確かに......。そう考えると、何のために緊張していたんだろう?」

 

ヤブ 「緊張の原因が、『結果』『ライバル』『うまく歌えるか?』の3つになると、さすがにプレッシャーがかかり過ぎるだよ。でも、『うまく歌えるか?』だけのひとつなら、ずいぶん気が楽になるのと違うかい?」

 

キリ助 「そうだね。でも他にも、今まで誰も歌っていない分野の歌だから、受け入れられるかを考えると、さらに緊張しちゃうんだ」

 

ヤブ 「『このやり方ならうまくいく』とか『成功法則』なんていうのも、参考程度だぁよ。『こうやればうまくいった!』なんて説明は、基本的には後づけだぁ」

 

キリ助 「後づけ? 本当ではないってこと?」

 

 

●成功法則なんて、みんな後づけ

 

 

ヤブ 「『うまくいった!』というのは、その人の置かれている立場や時代、運などが複雑に絡み合って生まれた結果だぁよ。だから、『こうしたらうまくいった!』と言われることは、うまくいった無数の原因のうち、ホンの数個だけを取り出しただけだぁ」

 

キリ助 「んー、ひと言で言うと?」

 

ヤブ 「『人それぞれ、うまくいくやり方は違う』ってことだぁよ」

 

キリ助 「結局は、自分がベストを尽くせるかどうかだけを考えればいいんだね。そうだ! いま何時?」

 

ヤブ 「ん? そろそろ10時になるねぇ」

 

キリ助 「大変だ! 受付、10時までだった」

 

ヤブ 「なぜもっと早く言わねぇだよ?」

 

小金 「ああ、キリ助さんを探しにきて正解でした」

 

 

小金さんはそう言うと、カバンの中から受付表を出してきました。

 

 

小金 「受付は、私が10時までに確認をできれば大丈夫ですから」

 

キリ助 「いつも、ありがとう~」

 

小金 「そんなことは気にしないでください。それよりコンテストはもうすぐ始まりますから、会場に急ぎましょう」

 

 

いよいよコンテストが始まります。

キリ助の歌は、はたしてどこまで通用するのでしょうか?

 

 

 

絵/山元かえ

 

 

※お話を作る背景になった虫の詳しい生態の話などは、著者のホームページに載せてあります。興味のある方はごらん下さい。

http://www.nextstandard.jp/category/1264785.html

 

 

[参考図書]

齋藤勝裕「毒と薬のひみつ 毒も薬も使い方しだい、正しい知識で毒を制す!」(ソフトバンククリエイティブ)

 

次回は、6月15()の更新です。お楽しみに!

 

 

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齊藤正明
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