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第14話「とんだ番狂わせだってーの!」の巻

●最期の戦い

 

 

10月下旬の河原は、空気が澄んでいます。その分、冷たさが増して冬が目の前に迫っていることを虫たち全員が体感しています。越冬できずに死ぬ運命を待つほとんどの虫たちにとって、今日行われるメジャーデビュー・コンテストは最後の大きなイベントになります。

 

そのことを知っているスタッフのクモやアリたちは、会場に来るお客さんにひとつでもいい思い出をつくってもらいたいという気持ちで、休まず設営作業をしていました。会場は、高い草で周りが覆われ、会場と観客席の部分だけ、円形状に草が刈り取られています。

 

雨が降っても大丈夫なように、周りの高い草が会場を覆うように折り曲げられ、ドーム状になっている工夫もありました。その形は闘いの象徴であるコロッセオのようでした。内部もアリたちが律儀にステージや観客席を小石で組みあげ、千匹もの虫が余裕で入る立派な会場です。

 

そのころ、ステージ裏手の控え室では、各地域から勝ち上がってきた10名の出場者が最後の準備をしていました。

 

 

エンマ 「チビ助君がここまでくるなんて、正直まったく思わなかったな。その幸運も今日までだけどね」

 

キリ助 「やってみないとわからないよ。ボクはとにかくベストを尽くすよ」

 

エンマ 「何度も言ってるけど、歌で大事なのはテクニックさ。『心で歌う』とか、わけのわからないことでごまかさないでほしいんだ」

 

キリ助 「ごまかしなんかじゃないよ。今日はそのことをわかってもらいたいんだ」

 

エンマ 「ふん。そう言いながら君はすぐ棄権するからな...」

 

小金 「はい、ケンカはそれまで。みなさん、いよいよ始まります。準備はいいですか?」

 

 

●エンマの歌声は別格だった...

 

キリ助が舞台袖から会場をこっそり見ると、観客たちは自分たちが応援する出場者の横断幕を掲げたり、手作りのTシャツを着たり、何日も前から準備をしていたことがわかります。そこまで熱が入るのは、出場者を応援することによって、自分たちの肉体は滅びてしまっても、冬を越せる優勝者に何かを託せるという気持ちがあるのでしょう。

 

観客の中には今までキリ助と関わりのあった虫たちの姿もあり、キリ助は、「ダメなボクに賭けてくれるファンの期待にも応えたい」という気持ちを改めて強くしました。

 

コンテストに出てくる虫たちの歌は、さすが地区を代表するだけあってレベルが高く、キリ助の隣りの地区から出場しているスズムシも、高音が冴えわたり、ライバルながら、「さすが!」と思わせる歌声でした。

 

数匹の歌が終わった後、エンマの出番がきました。

 

エンマ 「それじゃチビ助君、お先に。ボクの次が君の出番ってことになってるけど、歌を聴いている間に棄権しないでくれよ」

 

キリ助 「いちいちうるさい。早く行きなよ!」

 

 

エンマがステージに上がりました。観客の多くは、優勝候補のエンマの歌を聞きに来ていますから、今までにない大きな歓声が上がります。出番を控えたキリ助は、舞台袖で待機をしていましたが、数分後にこれだけの観客の前に立つことを想像すると、それだけで心拍数が跳ね上がるのを感じていました。

 

エンマの歌は別格で、歓声は嘘のように静まり、会場全体がエンマの歌声に陶酔しているようでした。

 

 

キリ助 (さすがにうまい。ボクも観客だったら聴き入ってるな)

 

 

キリ助がそう思ったとき、舞台反対側の草むらが不自然に動いた気がしました。しばらく草むらを見つめていると、宝石のように緑色に光る丸いものがわずかに見えます。

 

キリ助 (何だ、あの丸いの......?)

 

 

さらに目を凝らして見つめていると、一瞬だけでしたが、草と草の間から三角形の顔が見えました。

 

キリ助 (あの形をした顔って、もしかしたら......カ、カ、カ)

 

 

●エンマへ目がけて延びる鎌

 

 

カマキリはハチやトンボ、ときにはカエルも捕らえることができる草原地帯では最強のハンターです。キリ助も以前、カマキリに襲われそうになりましたが、そのときのカマキリに比べると、ふたまわりは大きいと思われる顔つきでした。観客はエンマの歌に聴き惚れ、こっそりと忍び寄るカマキリの存在などまったく気づいていません。それを知ってか知らずか、不自然に揺れ動く草は、ステージ中央の方へどんどん進みます。

 

 

キリ助 (もしかして、エンマを狙ってるの?)

 

 

キリ助の嫌な予感は的中しつつあり、エンマの背後で、草の動きはぴたりと止まりました。息を殺して、エンマを大きな鎌で捕まえようとしているのでしょう。

カマキリは、間合いが広い肉食昆虫で、「まさかここまでは届かないだろう」という距離であっても、瞬時に獲物を狩っていきます。

 

キリ助 「とにかく誰かに知らせないと」

 

キリ助がスタッフに声をかけようと後ろを振り向いたとき、「ガサッ!」という大きな音が聞こえ、長く延びる鎌がエンマめがけて飛び出してきました。通常、カマキリの攻撃をかわせる昆虫はいないのですが、茂みから無理に鎌を延ばしたため、気配を察知したエンマは、鎌が届くよりも前にジャンプをしていました。


カマキリの鋭いトゲだらけの鎌は、エンマの体を捕らえるにはいたりませんでしたが、右の後ろ足を虎バサミのようにガッチリはさみました。全身をステージに現したカマキリは、エンマの3倍以上はありそうな立派な体格で、はちきれんばかりの大きなお腹をしたメスでした。昆虫たちが少なくなってきたこのシーズン、カマキリも卵を産むためには、たくさんの虫を食べなければなりません。エサがすくなくなった今、カマキリも生き残るのに必死だったのです。

 

 

●エンマさえいなくなれば優勝はボクのもの

 

 

観客席からは悲鳴が上がり、クモの子を散らすように観客の虫たちは逃げ出します。

 

 

キリ助 (た、大変だ!!)

 

 

エンマは必死でジャンプを繰り返しますが、もがくたびに鎌が足に食い込み逃げられません。

 

 

キリ助 (ど、ど、ど、どうしよう......)

 

 

優勝候補のエンマがいなくなれば、優勝できる可能性もグッと上がります。かつてエンマに「君に歌は向いていない」と、観客がいる前で笑われた屈辱、仲間を使ってまでキリ助のライブを妨害されたときの怒りを忘れていませんでした。

 

そう思っている間にもカマキリは態勢を立て直し、もう片方の鎌を大きく振り上げます。

 

 

キリ助 「やめて!」

 

 

そう叫んだかと思うと、カマキリめがけて低く一直線にジャンプをしました。なぜ、カマキリに向かって飛んだのか。その答えは、キリ助にもわかりません。考えるよりも先に体が動いてしまったのです。振り上げられた鎌にキリ助が飛び乗ったせいで、カマキリは大きくバランスを失います。それをチャンスと見たキリ助は、すかさず鎌に咬みつきました。

 

キリギリスのアゴは非常に鋭く、頑丈で大きな鎌でしたが、メリッという音とともに大きな穴をあけました。慌てたカマキリはエンマを放り出し、怒りをあらわにします。

 

 

カマキリ 「バッタのくせに、調子に乗るのもいい加減におし!」

 

カマキリは、キリ助が掴まっている鎌を大きく振り下ろします。キリ助はしたたか地面に叩きつけられましたが、幸いなことに下草がクッションとなったおかげで、痛みはありません。


カマキリはキリ助をふるい落としたことで、バランスを元に戻しました。

 

 

カマキリ 「いい度胸じゃないか。私の食料になりたいのはアンタだね」

 

 

 

 

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●ズルいけど、敵のほうが一枚上手

 

 

キリ助は、巨大なカマキリを目の前にして、一歩も動けません。ちょっとでも動いたら、狩られることを本能的に理解していました。

 

 

キリ助 「ここは、ボクを捕まえようと鎌を伸ばしてきた瞬間、左右どっちかに逃げるしかないな......」

 

 

キリ助、相手が攻撃してくる一瞬を狙い、じっとカマキリを見つめました。見れば見るほど、目の前に立ちふさがるカマキリには壁のような威圧感がありました。お互いが神経を集中させ、膠着状態に入ったときです。

 

カマキリ 「ちょっと、聞いていいかい?」

 

キリ助 「は?」

 

 

キリ助の集中力が一瞬途切れた隙をついて、鎌が風を切るように伸びてきました。

 

 

カマキリ 「バカめ!」

 

キリ助 「しまった!」

 

 

入り口で受付をしていたコガネムシの小金さんのところには、悲鳴を上げて一目散に逃げる虫たちが押し寄せていました。

 

小金 「会場で何が起きたのです? ただごとではないですね」

 

 

小金さんは、受付の狭いブースから出て、会場の様子を見ようとします。

 

 

小金 「会場がドーム型だから、飛んで上から見ることはできないですね。何でこんな造りにしたんでしょう...」

 

 

そう言って、観客が逃げてくる流れに逆らって会場に入っていきました。

 

 

この間、カマキリはキリ助の体を完全に捕らえていました。暴れれば暴れるほど、鎌についたトゲが体に食い込み、痛みが増してきます。

 

 

カマキリ 「言い遺すことはあるかい?」

 

 

そう言うと、カマキリはキリ助の首を背中側から咬みつきました。

 

 

キリ助 「!!」

 

 

●薄れゆく意識の中で

 

 

キリ助の体中に電気が走るような衝撃が伝わってきます。今までキリ助と縁のあった虫たちは、何とか助けてあげたいと思いましたが、カマキリを相手にして勝てる見込みのある者はいません。ハチのビーネでさえ、とてもカマキリに近づく勇気はありません。逃げずに見守るのが精一杯でした。

 

キリ助はジャンプして逃げようとするのですが、鎌に挟まれ宙づりになっている状態では、肝心な後ろ足はむなしく宙を蹴るだけです。カマキリは、キリ助の硬い背中と頭の間の柔らかい部分を執拗に咬んできます。

 

最初はひと咬みされるごとに、稲妻が走るような衝撃だったのですが、徐々にそんな感覚すらなくなってきてしまいました。

 

 

「アリサにはムチでぶたれたけど、行動する大切さを教えてもらったっけ」

 

「ミミ爺には熱湯かけちゃったけど、ボクにも才能があると信じてくれた」

 

「パピ子には『蛾だ!』って言って傷つけちゃったけど、あきらめない大切さを教えてくれた」

 

 

痛みが薄れる代わりに、昔のできごとが色鮮やかに思い出され、時間がすべて止まったような錯覚の中にいました。

 

 

キリ助 (もう、ダメかも......)

 

 

そのとき、会場中に大きな重低音の羽音が響きます。カマキリが羽音のする方向を見ると、全身が硬い殻でできた小金さんが、四枚の羽を広げ、まるで弾丸のように突っ込んできます。

 

 

小金 「今すぐその鎌を離しなさい!!」

 

 

コガネムシが攻撃をしてくるなど、カマキリは予測ができず、小金さんの頭はカマキリの右目にクリーンヒットし、潰れた目から黒い液がしぶきとなってあたりに飛び散ります。キリ助は地面に投げ出され、一方のカマキリは吹き飛ばされた後、仰向けでしばらくもがいたあと、立ち上がって急いで茂みに逃げていきました。

 

ほとんどの虫たちが逃げ、ガラーンとした会場の中、カマキリが退散するのを見届けた小金さんやエンマ、今までキリ助と関わりのあった虫たちがキリ助のまわりに集まりました。

 

 

 


絵/山元かえ

 

※お話を作る背景になった虫の詳しい生態の話などは、著者のホームページに載せてあります。興味のある方はごらん下さい。

http://www.nextstandard.jp/category/1264785.html

 

 

[参考図書] 

百田尚樹「風の中のマリア」(講談社)

 

 

次回はいよいよ最終回。76()の更新です。お楽しみに!

 

 







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著者プロフィール

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齊藤正明
さいとう・まさあき