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第1話から読む

最終回「どんなヤツでも先生だ、ってーの!」の巻

●「なぜ助けようとしたんだい?」

 

 

小金 「ヤブ先生、早く治してください!」

 

ヤブはキリ助の傷口を見ます。でも、致命的な深さの傷であることを見てとり、無言で首を振りました。見守る虫たちが絶望の表情を見せた瞬間、エンマがキリ助の肩を掴みます。

 

 

エンマ 「おいっ、チビ助君。また棄権するのか!?

 

キリ助 「......。」

 

 

キリ助の肩を激しく揺すります。

 

 

ヤブ 「こりゃ! 揺すっては......」

 

キリ助 「......。い、いけない、また棄権しちゃうとこだったね」

 

エンマ 「さすがに今度だけは棄権してもらっちゃ困るんだよ。ボクに完敗したことを認めてもらわないと」

 

小金 「ちょっと、こんなときに......」

 

 

ヤブが小金さんの肩を叩き、小声で「ええだよ」と伝えます。

 

 

エンマ 「ところで、君はボクのことが嫌いだろ? なぜ助けようとしたんだい?」

 

キリ助 「へへっ、大嫌いだけど、恩人でもあるからね」

 

エンマ 「恩人?」

 

キリ助 「ボクは最初、自分の冬越しのために歌でお金を稼ごうとしてたんだ。でも、エンマに会って、『ヘタ』って言われた。ものすごく落ち込んだけど、いろいろな仲間たちに出会って助けてもらっているうちに、多くの人の役に立ちたいと思えたんだ」

 

エンマ 「君の歌は、本当にヘタだったからね」

 

キリ助 「うん。そう言ってもらえたおかげで、『歌を通して多くの人を勇気づける』っていう、本当にやりたいことが見つけられたんだ。だから恩人さ」

 

エンマ 「だったら、寝てないで早く起きあがってくれないかな?」

 

キリ助 「うん......」

 

エンマ 「恩人が言ってるんだぞ!

 

キリ助 「よ、よかったらコレ、使ってくれないかな?」

 

 

キリ助は胸の内ポケットに入っていた楽譜をエンマに手渡そうとします。

 

 

エンマ 「君の楽譜なんかいらないね。それは君が歌うんだ」

 

キリ助 「実はこの歌、エンマに書いたんだ」

 

  

●静寂の中で

 

 

エンマが楽譜をチラリと見ると、曲名は『ありがとう』と書いてありました。エンマの脳裏には、キリ助との思い出が浮かびました。わずか数名のお客さんの前でも一生懸命歌っていたキリ助に、「警備のバイトで立ってのかい?」と言って泣かせたこと。そして、自分が投げかけたひどい言葉の数々......。

 

そして、なぜキリ助にひどい言葉を浴びせていたのか、はっきりと気づきました。エンマの声は美しく歌唱テクニックが優れています。でも、それ以上ではない。やがてみんなが飽きてしまう。いつかキリ助に抜かれてしまうのではないか。そんな恐れがあったのです。

 

キリ助の震える手はエンマのポケットまで伸び、楽譜を中へ入れました。

 

 

エンマ 「いらないって言ってるじゃないか!」

 

キリ助 「あとはよろしくね、エンマ」

 

エンマ 「目ぇ閉じんな! 今すぐ還ってこい!!」

 

 

静寂の中で、エンマの叫び声だけが秋の空に響き渡りました。

 

 

 

 

15話_web.jpg 

 

 

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●いくら上手でも超えられないもの

 

 

あれから半年が過ぎ、春になりました。

 

司会 「この春に生まれたみなさん、お待たせしました。世界中の虫たちに歌で感動を届けているエンマさんの登場です!」

 

若い虫たちの大きな拍手の中、触角も白くなり、年老いたエンマがおぼつかない足取りでステージに上がりました。エンマは観客席を見渡すと、まだ鮮やかな黄緑色で、羽も生えていない虫たちが、一生懸命に拍手をしてくれているのがよく見えました。

 

若い彼らは、純粋にエンマの歌が聴きたいのでではなく、「どうしたら歌がうまくなってメスにモテるのか?」を聴きたくて、ギラギラした欲望を発散させています。エンマ自身も若いとき、彼らと同じことを考えながらクールを装っていたことを昨日のように思い出しました。

 

拍手が鳴りやむと、エンマはゆっくりとした口調で話し出します。

 

エンマ 「若いことはいいことだね。エネルギーに満ちあふれている。ところで歌に一番大事なことは何だと思う?」

 

そう訊いた後、再び観客を見渡します。若い虫たちは、「なぜそんなことを聞くのだろう?」と思いながらも黙っています。

 

 

エンマ 「この人数だから発言するのは勇気がいるね。じゃあ、君はどう思う?」

 

 

指名された虫は、少し考えたあと、「練習してうまくなることです」と答えました。

 

 

エンマ 「さよう。うまくなるためにテクニックをつけることは大事だね。でも、それが一番大事ではない。よく覚えていてほしい。いくらうまくても"心"が入った歌には敵わない」

 

そう言うとエンマは少し照れた表情に変わりました。

 

 

エンマ 「実はワタシも友人から教えてもらうまで長く気づかなかった。歌のヘタな友人に完敗したんだ。今日はみんなに、そのことを覚えてもらいたくて、その友人に借りた歌を歌おうと思う。ワタシはもう長くはない。心を込めて歌うので最後まで聞いてほしい」

 

晴れた春の日の午後、澄んだ青空に吸い込まれれるようなエンマの歌声は、はるか遠くまで響いていきました。

 

おわり

 

 

 

絵/山元かえ

 

※お話を作る背景になった虫の詳しい生態の話などは、著者のホームページに載せてあります。興味のある方はごらん下さい。

http://www.nextstandard.jp/category/1264785.html

 

[参考図書] 

百田尚樹「風の中のマリア」(講談社)

 

 

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

720()におまけがあります。お楽しみに!

 


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著者プロフィール

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齊藤正明
さいとう・まさあき