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第3話「踏み潰されるほど強くなるぜーっ!」の巻

●黒い敵、現る

 

キリ助は今日も歌を売ろうと、いろいろな虫に声をかけています。でも、虫は立ち止まってもくれません。午後を過ぎた頃にようやく通りかかったハチが、「歌だけは聞いてあげる」と言ってくれました。

 

キリ助は、自慢のラブソングを熱唱するのですが、聴いているハチはどこか浮かない顔です。

 

キリ助「あれ? どうしたの具合でも悪いの?」

 

ハチ「うーん、エンマと比べちゃうと......」

 

キリ助「エンマ?」

 

ハチ「あなた、音楽をやってるのにエンマを知らないの? エンマの歌は最高よ。私、いまからエンマの野外ライヴに行くんだけど、あなたも一緒に来ない?」

 

キリ助 「う、うん......」

 

キリ助はハチに連れられて少し離れた草むらにあるエンマのライヴ会場に来ました。会場には大勢の虫たちが集まって押し合いへし合い。観客の後姿ばかりでステージがまるで見えません。しばらくすると、観客から「キャー!」という大声援が聞こえました。エンマが登場したようです。キリ助は近くの草の上に駆け登り、高いところからステージを見ました。

 

キリ助「エンマコオロギだ」

 

全身黒いスーツに身をかためたエンマコオロギは、観客に向かって挨拶をします。

 

エンマ「みんな、今日はボクのライヴに来てくれてありがとう! 最高の歌を君たちに届けます」

 

会場から再び割れんばかりの大声援が飛びます。キリ助は人気の差を見せつけられてムカムカした気分になっています。

 

キリ助「何なの、あのキザったらしい言いかた。感じワルー」

 

エンマの歌は見た目のキザさに反して、ガラスのような繊細でどこか寂しさを誘うような声でした。観客も先ほどまでの大歓声がウソのように静まり、エンマの歌に聴き惚れています。

 

キリ助「コイツ、たしかに上手だ......」

 

キリ助はよけいにエンマが嫌いになりました。ライブが終わると先ほどのハチがとやってきました。

 

ハチ「よかったでしょ? エンマのライヴ」

 

キリ助「う、うん。まぁまぁかな......」

 

ハチ「何がまぁまぁよ。顔色が悪いわ。本当はショックだったんでしょ?」

 

キリ助「そんなことないよ。ボクのほうがずっとうまいよ!」

 

 

●ライバルのひと言で撃沈

 

ハチ「あらそう。まぁそれはそれとして、私はエンマのファンクラブでプラチナメンバーだから、この後の交流会に参加できるの。よかったら、あなたも一緒に来る?」

 

キリ助は内心交流会に行ってしまうと、さらに人気の差を見せつけられるような気がして怖かったのですが、エンマの人気の秘訣を知りたいと思い、敵状視察を兼ねて交流会に行くことにしました。

 

ハチ「エンマ、今度の新曲も最高だったわ!」

 

エンマ「ありがとう。いつも君たちが応援してくれてるから、いい歌がつくれるんだよ」

 

いちいちキザな言い回しにキリ助の血圧は上がる一方です。

 

ハチ「そうそうエンマ、紹介するわ。今あなたのようなステキなシンガーを目指している、チビ助よ」

 

キリ助「チビ助じゃない、キリ助!」

 

エンマ「チビ助君か。キリギリスのくせにシンガーを目指すなんて無謀なヤツだね」

 

キリ助「何を~っ!」

 

エンマは初対面のキリ助にいきなり「シンガーを目指すなんて無謀」と言いました。たしかにキリギリスの鳴き声は「ギィィーッ・チョン」という、人間のいびきと同じようなリズムの鳴き声のため、きれいな声に聞こえません。一方のエンマコオロギは、黒一色の見た目の地味さによらず、非常に高音の透き通った声で「リリリリ」と鳴きます。

 

エンマ「ほう。チビ助君は、ボクの歌に勝てる自信があるんだ。なら余興として歌ってみたらどうだい?」

 

交流会に来ていた虫たちも、キリ助とエンマのただならぬ雰囲気のやりとりに興味津々です。

 

キリ助「余興だって? わかったよ。ボクの歌を聴いてみんなボクのファンになっても知らないから」

 

エンマは肩をすくめ、『どうぞご自由に』という余裕の態度です。こうしてキリ助は思いもよらない場で一曲歌うことになり、ありったけの力で自慢のラブソングを歌いました。

 

- 歌い続けること5分 -

 

キリ助「ボクの歌、どーだ!」

 

周りは水をうったかのように静かです。その静寂を破るようにエンマが口を開きます。

 

エンマ「ヘタだね」

 

先ほどのライヴでキリ助はエンマの歌声に勝つのは難しいだろうと予感はしていました。しかし、ここまでストレートに言われ、キリ助の心はポッキリと折れてしまいました。キリ助は力なく紹介をしてくれたハチに対して、ひと言「ありがとう」と言うのが精一杯で、会場をあとにしました。

 

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●虫の歴史は恐竜に踏み潰された歴史

 

キリ助は土手の上に上がり仰向けになって寝転がります。キリ助がいる場所はちょうど自転車や車も通る危険な場所でした。でも、キリ助は『踏みつぶされてもいいや』と自暴自棄になっていました。

どれくらい時間がたったでしょうか、すでに辺りは真っ暗です。

 

「そんなところにいては危ないわよ」

 

キリ助に声をかける者がいました。振り返ると、巨大な青白い羽の蛾が土手の脇にある草に止まっていました。

 

キリ助「うわっ、でっかい蛾!」

 

蛾のあまりの迫力に、キリ助は、エンマのことを一瞬忘れるぐらい驚きました。

 

蛾「蛾だなんて汚らわしい名前で呼ばないでチョウ(蝶)だい! 私はパピ子。蝶、蝶なのよ!」

 

キリ助「蛾でしょ? だって羽を広げて草に止まってるし、夜に飛んでるよ。色もほとんど一色だし、どう見ても蛾なんだけど......」

 

パピ子「ちょっと、何失礼なこと言ってんの? 見た目で、蛾と蝶を分けないでチョウだい! 差別よ、偏見よ!」

 

蝶と蛾を見分けかたは、今キリ助が言ったようなことが一般的に流布しています。でも、実際には例外が非常に多く、見た目の特徴で、蝶と蛾を見分けること不可能です。ですから、フランスなどでは蝶も蛾も一緒にして『パピヨン』と呼んでいます。

 

パピ子「ところで、ひどく落ち込んでいるみたいだけどどうしたの?」

 

そう促されるとキリ助は、今までため込んでいた悔しさが一気に吹き出し、涙とともに今日あったことを語り出しました。

 

パピ子「なるほど。エンマのひと言が今まで頑張っていたキリ助の気持ちを全部潰してしまったのね。でも大丈夫。泣かないでチョウだい。私たち虫たちは過去にもっともっと踏み潰されてきたんだから」

 

キリ助「踏み潰されてきた?」

 

パピ子「そう。虫は今地球のあらゆる場所で生きている生物よね。でも、大昔は決してそうではなかったわ。地上は恐竜が支配していて、私たちはあまり繁栄できなかったの。でもね、ご先祖様たちは頑張った。恐竜に対抗して大きくなろうとしたりしてね」

 

キリ助「大きくなる? どれくらい?」

 

パピ子「トンボのご先祖様は、ハトよりも大きくて、羽を広げると75cmもあったのよ」

 

キリ助「デカッ!」

 

パピ子「でもね、大きくなっても恐竜にはまったく歯が立たなくて全部死んだの。結局恐竜の手が届かない細いすき間で暮らしていた虫だけが、何とか生き残ったのよ」

 

この時代、ヒトは陰も形もありませんでした。恐竜という圧倒的に大きくて強い動物がいたので、ほ乳類もネズミのような小さなものしか生きられなかったのです。

 

●小さな虫が大きな恐竜に完全勝利した日

 

パピ子「でもね、やがて地球に大きな変化が起きるわ」

 

キリ助「恐竜の絶滅?」

 

パピ子「そう、大きな隕石が地球にぶつかったせいで、地球の環境は大きく変わったわ。その結果、多くの植物が枯れたの。そうなると、植物をエサにしている恐竜が飢え死にしはじめたの」

 

恐竜は体が大きくて力も強い分、食べ物もたくさん必要でした。ですから、食料不足にはとても弱かったのです。草食の恐竜がいなくなれば、それを食べる肉食の恐竜も全滅してしまいます。その一方で、虫は恐竜に追いやられて小さなものしか生き残れなかったおかげで、食料が少ない時代を生き延びることができました。

 

パピ子「もし大きい虫が生き残れていたら、恐竜と一緒に絶滅してたかもしれないわ。それまで地上を支配していた恐竜がいなくなったおかげで、虫は爆発的に増えたのよ」

 

キリ助「そうかー、ご先祖様たちは、大変だったんだね」

 

パピ子「そう。だからキリ助も私たちのご先祖様と同じく、今大きな壁にぶつかっているおかげで、きっと将来もっと強くなれる。だから、いつまでも悲しまないでチョウだい。問題や困難はすべて、あなたが今まで以上に自分らしさを発揮できるチャンスなの! だから、苦しいことが目の前に現れたら、そのときは大変かもしれないけど、長い目で見ればラッキーだと思ったほうがいいのよ」

 

キリ助「そっか、ボク、もっとガんばって『何があっても自分は大丈夫』って、ガ(我)を押し通すくらい強くなるよ!」

 

パピ子「『ガ』って言葉を、わざと入れないでチョウだい!」(怒)

 

 

 

絵/山元かえ

 

 

※お話を作る背景になった虫の詳しい生態の話は、著者のホームページに載せ

てあります。興味のある方はごらん下さい。http://www.nextstandard.jp/category/1264785.html

 

[参考図書]

NHK取材班「花に追われた恐竜大空への挑戦者」(日本放送出版協会)







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著者プロフィール

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齊藤正明
さいとう・まさあき