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第十八回 白石鏡子さん(仮名、48歳。元役員秘書)

〜赤のアルファロメオと白のポルシェが

  「紅白」で迎えに来た、あの時代〜

 

東京→パリ→神戸。幼いころから着道楽だった

 この冬、ユニクロのヒートテック下着を愛用している。安いうえに温かい。相変わらず懐具合は寒いので、シャツやコートなどもユニクロやH&Mで買っちゃおうかな。ボロボロのブランド物を着続けるよりは、清潔で新しい安物を着ていたほうがマシだからだ。

 いま「洋服に金をかける」人がどんどん少なくなっているような気がする。贅沢品としての洋服から生活必需品としての洋服へ――。デパートの業績が軒並み悪化しているのも、僕みたいな人間が増加しているからだろう。

 元役員秘書の白石静子さん(仮名、48歳)は、自他ともに認める「ナチュラルボーン着道楽」だ。資産家の祖母と洋服好きの母によって、幼いころは「一点もののファミリア」を着せられて育つ。1970年代前半、父親の転勤に伴ってパリへ。「こげ茶のスエードのロングコートにクリスチャンディオールのこげ茶のベレー帽をあわせて通学」していたという。どんな中学生だ。

 待ち合わせ場所である東京駅近くのビストロに、白石さんはファー付きのロングコートで颯爽と現れた。うーん、カッコイイ。白石さんはユニクロなんて着ませんよね......。

 

DSCF1166.JPG白石 着ますよ。いいものがあればコーディネートに入れちゃいます。カジュアルでスタンダードなものが多いGAPやベネトンのイメージに近いかしら? 私は全身同じブランドというのがあまり好きではないので、CHANELのジャケットの下にGAPのTシャツというように、いろんなブランドをミックスするのが楽しいと思っています。消費者としては、着心地とデザインが良ければリーズナブルに超したことはないですからね。

大宮 全身ユニクロになりつつある僕も参考にしたいと思います(笑)。それにしても白石さんはゴージャスですよね。失礼ですけど、お金は大丈夫なんですか?

白石 実は、昨年はほとんど買い物をしていないんですよ。一昨年に仕事を辞めて実家に戻って充電中なので、さすがにおとなしくしています(笑)。でも、昔に買った洋服を着回しているだけで、友人からは「すごくオシャレね!」と誉めてもらえますよ。

大宮 いいものはいろんな意味で長持ちするんですね。バブル期はどんなブランドを中心に着ていたんですか?

白石 フランスブランドも着ましたが、派手な色合いのイタリアブランドが圧倒的に多かったですね。ジョルジオ・アルマーニ、ジャンニ・ヴェルサーチ、ジャンフランコ・フェレ、ジェニー、ビブロス、イスタンテ......。

大宮 すみません、最初の2つしか知りません(笑)。

白石 靴はブルーノ・マリとシャルル・ジョルダンかな。
アクセサリーで印象的なのは、ロレックスの時計ですね。25歳のときに祖母にステンレスとゴールドのコンビでテンポイント(文字盤の数字の10個がダイヤ)のロレックスを買ってもらいました。当時130万円ぐらいだったと思います。

大宮 ......。

白石 バブルが崩壊しても着道楽は直らなかったんですよ。あるとき、秘書室の後輩から叱られました。「白石さん、お給料を全部遊びに使っちゃっているんですか? 3割ぐらいは貯金しなくちゃダメですよ!」って。

大宮 その後輩、いくつなんですか?

白石 25歳(笑)。美人でエリートサラリーマンと結婚しているのに、将来に備えようという気持ちがあるなんて。最近の若い人は堅実だなあと心から尊敬しちゃいました。

大宮 しっかりし過ぎていてつまらない、ともよく言われますけどね。僕は遊び上手なバブル世代がうらやましいです。


私たち世代がファッションの先頭!

白石 私はバブル世代よりちょっと年上ですけどね。それでも学生時代はよく遊んだなー。学校は「社交場」でしたから。

大宮 社交場?

白石 キレイな学食でファッションやパーティ好きの友だちと待ち合わせて情報交換です。関西のお金持ちの子女が集まる女子大だったので、華やかでしたよ。
「学びの場」という雰囲気は皆無でしたけど(笑)。帰宅時間になると校門前に外車がズラッと並んでいました。お迎えの男子学生たちです。

大宮 アッシー君たちですね。

白石 「フェラーリクラブ」とか「ポルシェクラブ」なんていうクラブがありました。

大宮 敷居の高すぎる学生サークルですね(笑)。

白石 ある男の子には「どの車で迎えに行こうか?」なんて聞かれましたよ。外車を5台持っているので好きなのを選んでいいよってね。親の車ですけど。誕生日は、男友達が「紅白で行くね!」と言うんです。

大宮 紅白?

白石 赤のアルファロメオと白のポルシェで女の子全員を送迎です。あれはちょっとうれしかったな。

大宮 楽しそうですね......。

白石 いま考えると浅はかだったなと思いますけどね。学校名や乗っている車で男の人を評価していましたから。国産車に乗っている男の子たちは肩身が狭そうでした。

大宮 ま、学生のころなんて、みんな浅はかですよ。ディスコとかも行きました?

白石 もちろん。関西の有名ディスコにはほとんど行きましたよ。無料でVIPルームに通されるのがステイタスでした。
東京には数カ月に一度行くぐらいでしたけど、関西のお店のマスターが「帰ってきたら報告してね」と旅費を出してくれたり。東京に行っても、お出迎えをしてくれておいしい料理をごちそうしてくれる「あしながおじさん」がたくさんいました。
洋服以外の遊びで、お金はほとんど使わなかったな。

大宮 アッシー君やあしながおじさんたちも下心はあると思いますけどね。

白石 「あわよくば」という気持ちはあったと思いますけど、無理強いをする人はいませんでしたよ。
私は彼氏がいたので、気持ちよくご馳走してもらうだけでした。彼らも「キレイな女の子」を連れていることがステイタスだったので、一緒に遊んでみんなが楽しければそれでいい、という雰囲気でした。

大宮 貴族みたいな心構えですね......。そんな白石さんの学生時代はバブル直前の80年代前半。どんな洋服を着ていたんですか?

白石 よくもまあ毎年これだけ流行が変わるな、というほどガラッと違うファッションに振り回されました(笑)。
入学時のニュートラ、ハマトラに始まり、BIGIグループ、Y's、コムデギャルソン、イッセイミヤケ、ピンクハウスなどのあらゆるDCブランド、ロンドンのパンクやボロファッションに、ボールやクローズドのようなイタリアンカジュアル、Junko Shimada、Kenzo、ティエリーミュグレーなどなど。
1年前の服をまったく着ないなんて、いまではありえないと思いますが、そのくらいまったく違う服を着ていた4年間でしたよ。

大宮 すさまじいですね。

白石 私は『JJ』の読者モデルもやっていたので、ファッションには情熱を注いでいました。
『JJ』も『CLASSY』も『VERY』も『STORY』も、バブル世代ではなく、私たち世代を追いかけて作られた雑誌なんですよ。
私たちがずっと時代の先頭にある!という自負はありますね。

大宮 女性が「家族のため」ではなく「自分のため」にエネルギーを使い始めた世代とも言えますね。

白石 でも、就職は大変でしたよ。短大の就職率は100%でしたが、4年制大学卒の女性はそもそも就職希望者が少なかったし、限られた企業しか採用をしていませんでした。
大学からは「就職先は紹介できません。縁故を頼って自分で見つけてください」とはっきり言われましたよ(笑)。

大宮 男女雇用機会均等法施行の直前ですからね。

白石 私は父親の仕事の関係で放送局に就職できました。いきなり役員秘書。大企業の社長とか皇室とのつき合いもあって、いい経験をさせてもらいました。

大宮 もはやうらやましがる気力もありません(笑)。しかも、時代はバブル。遊びまくったんでしょうね。

白石 ところが、入社した翌年に先輩たちが寿退社してしまって「秘書室の伝統が途絶える」と危ぶまれたんです。私、なぜか奮起してしまって、それから6年間は働きづめでしたよ。
昔の友だちから「いまディスコにいるんだけど、来ない? 芸能人も来るよ」なんて誘われても、「仕事なのよ」と答えなくちゃいけない。「暗ーい。どうしちゃったの?」とか言われてね(笑)。


制約があるのは当たり前。その中で精いっぱい楽しむ

大宮 その後、放送局を辞めて東京に来たんですよね。92年、ちょうどバブル崩壊の翌年ですね。

白石 小学校の高学年にパリへ行く前は東京で暮らしていたこともあって、心の中ではずっと「東京に帰りたい」と思っていたんです。

大宮 なぜでしょう?

白石 首都はおもしろいですからね。都会的で洗練されたものが集まっています。
田舎やリゾートもステキだけど、暮らし始めたら退屈で死んでしまうと思います。もし大阪が日本の首都になったら、大阪に移住するかも(笑)。

大宮 バブル崩壊は感じましたか?

白石 遊び場がちょっとだけ減った気がします。あと、就職難。転職するなら25歳までと言われていた時代に、私の年齢(30歳)では、大企業の求人がほとんどありませんでした。

大宮 それぐらいで「就職難」と言わないでください(笑)。で、どうしたんですか?

白石 ある監査法人に入りました。お給料や待遇もイマイチだったし、職場が地味すぎて...。熱い息吹を感じませんでした。私が一人で浮いてましたね。

大宮 監査法人に「熱い息吹」を求めてはいけません(笑)。ちょっとまとめみたいになりますけど、バブル期を経験してよかったなと思うことはありますか? 

白石 いろんな晴れがましい場所や大人物に会うことができたので、どこに行っても物怖じしなくなりましたね。どんなパーティでも一人でどんどん行っちゃう。
騙されたり痛い目に遭ったこともありますが、得るものも多いですよ。人の輪が広がりますから。
一昨年、勤めていた会社を辞めると同時に父親も亡くなり、すごく落ち込んでいたんです。一人暮らしのマンションも引き払って、この年齢で実家に一時避難させてもらっているし......。
でも、パーティやイベントで出会って仲良くなった年下の友だちにすすめられておしゃれブログを始めたり、少しずつ元気になってきました。また力がわいてきた、という感じです。

大宮 ファッションの話をしているときの白石さんは本当に生き生きしていますね。

白石 はい。私はおしゃれやパーティが大好き。
「自分がどういうときに楽しいか」を知っていると、本当に生きやすくなるんだなと去年ようやく悟りました(笑)。
人生は楽しんだ者勝ちですからね。
必ずしもお金を持っていることが幸せとは限らない。

大宮 それはそうですけど、こんな時代ですと楽しく遊んでいても「先のこと」が気になってしまうんです。飲んでいるときも「終電の15分前ぐらいには店を出ないと、タクシーで帰るはめになる。タクシー代が痛いな」と心配になります。

白石 何にでも制約や限界があるのは仕方ないですよ。
たとえば「金髪のフランス人になりたい」と思っても、生まれ変わらないうちは無理(笑)。
だったら、制約の中で精いっぱい楽しめばいいんですよ。「夜10時までしか遊べない」と暗くなるのではなく、「夜10時までは思い切り遊ぼう!」と思えば楽しくなりますよ。

 

 着道楽だけではなく食道楽でもある白石さん。取材謝礼を兼ねた食事が1500円のランチで申し訳ないなと思っていた。食後、せめてデザートでもとすすめると、「いいんですか? お高くなって申し訳ないんですけど...」と遠慮してくれた。慇懃無礼ではなく本気で恐縮しているようだ。

 そういえば、白石さんのおしゃれブログには他人を貶めるような記述はなく、派手さの中に気品のようなものを感じる。だからこそ、後輩世代の女性たちに応援してもらえるのだろう。

 遊びには仲間も大事だ。お互いの陰口を楽しむような人間関係は真の仲間とは言えない。制約の中で精いっぱいに「自分が楽しいこと」をやり、他人の悪口は慎むこと。遊び上手には品格が必要なのだ。


DSCF1169.JPG              白石さん本日のコーディネートは...。いまはなきブランド「カルソン」の

               タペストリーコート、ズフィー・アレキサンダーのエナメルバッグ、

            セルジオ・ロッシのブーツ。「さまざまなブランドを自分流に着ています」。

 

 

 

 

※次回の更新は、2月12日(金)の予定です。

 

<編集部より>

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著者プロフィール

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大宮 冬洋
おおみや とうよう