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おんなじ3年間をキラキラ活きてる★~涙の数だけ成長してく心温まる物語(5)~

第5話『苦しみを乗り越えて、向かう初打席』

 

中学校の頃、僕はいつも野球の試合でみんなの中心にいました。
そして、とんとん拍子に関東の強豪高校の野球部に入部。

そのまますぐ活躍できると思っていたのかもしれません。

けれど、それはまちがっていました。先輩とうまくいかず、大人数での寮生活にも全くなじめなかった。今思うと、「自分はすぐにやれる」と思い上がっていたのかもしれません。でも、その時は気づきませんでした。

ストレスが大きく、練習にも集中できませんでした。
それを克服して甲子園に行こうっていう強い気持ちもわいてこなくて......。

一度、壁にぶつかっただけで、自分を見失ってしまいました。

そのまま、僕は高校1年の9月に部活も学校も辞めました。

何もする気が起きなかったけど、「高校だけは行かなければ」と、
通信制で通える学校に入学。

家族の誰もが野球という言葉を口にしなくなっていました。
することも無く、ただ、家と学校を往復するだけ。
中学ではあんなにがんばっていたのに......自分に失望する毎日。

そんな時、僕が好きな強豪校で、同い年の投手が活躍していることを知りました。

行ってみようか。
最初はそれだけの気持ちでした。

神奈川にある保土ヶ谷球場に行って、何ヶ月ぶりかの野球の試合を見ました。

自分と同じ1年生が強豪校のエースとして投げている。
(俺なにしてんだろ。アイツと同じように野球ができるはずなのに、こんなとこで見てるだけでいいのか)

その試合を見た日から自分の中でなにかが変化。
3月までに一気に1年生の単位を全部とって、父親に頼みました。

「もう1回、野球やらせてください!」

「......わかった。俺はレールは敷かないから、その代わり、自分の選んだ道を行け」

そう言って父は翌日から何校もの学校に連絡してくれました。
断られ続けましたが、最後の一校になんとか入学できることに。

 

高校2年の4月に転入。

初練習の日を迎えました。
前の高校では50人くらい部員がいましたが、ここは僕を含めて、3年4人、2年6人、1年3人の合計13人だけ。
学校には野球部のグラウンドもない。
バレーコート2面とバスケットコート2面だけが学校のグラウンド。

でも今の自分にはそんなことは関係ない。
「また野球ができる」
その喜びだけでした。
不安だったのは、自分はよそもので、チームのみんなは受け入れてくれるのかって。
過去に先輩たちと上手くやれなかった苦い思いが残っていました。

初日の練習後。
「一緒に帰ろう!」
同じ2年生の部員が声をかけてくれた。その一言が気持ちを軽くしてくれました。

日々の練習でいいプレーをすると先輩たちも声をかけてくれました。
「ナイスプレー!」
「いいぞ、いいぞ!」って。
ここでならやっていける、そう思いました。
「野球っていいな」
素直にそう感じられました。

そんな先輩たちの最後の夏が近づいてきます。
自分を受け入れてくれた先輩たちのためにも、一生懸命練習で恩返ししようって思いました。

というのは、高校野球の登録規則で、転入後1年間は公式戦に出られないのです。
13人しかいない部員の中で、僕だけは先輩たちと一緒にグラウンドに立てません。
だからこそ、練習で少しでも先輩の役に立ちたかった。

夏が来ました。先輩たちの最後の夏。

12人+僕1人で迎えた夏。

僕はスタンドから誰よりも大きな声を出して応援しました。
4ヶ月しか一緒にいれなかったのに、すぐにチームの一員として認めてくれた先輩たちに届くように。

5話目1.jpg東京都大会3回戦、9回裏で1対2、負けていました。

スタンドで見ていて歯がゆくてたまりませんでした。悔しい。
出られないのは分かっていたけど、悔しくて悔しくて。
9回裏の1アウトの時からもう涙が止まらない。
それでも声をしぼり出しました。

「まだ、試合は終わってないぞ!」って父兄に言われたけど、ダメでした。
試合が終わり先輩たちの最後のあいさつもいつの間にか終わっていたほど、
泣き崩れてました。

転入してから先輩たちが引退するまであっという間。なんにもできなかった自分がふがいなくて仕方ありませんでした。

秋の大会、僕はまだ出られないし、試合は一回戦コールド負け。
悔しかった。

「この学校に来てからなんにも役に立てていない」
――早く、試合に出たい。

練習では人数が少ないから、内野手だけど外野までボールをとりに行っていました。
その繰り返し練習と毎週末の何試合もの練習試合に出続けて、いつしか強い気持ちが芽生えてきました。 

自分はもうよそ者じゃない!
練習でもグラウンドに立ったら自分が引っ張る!
最後の夏の大会で完全燃焼してやるんだ!

7月。

僕の初めての公式戦の初戦。
だけど僕の高校最後の夏。

舞台は高校野球の聖地、神宮球場でした。
シードで2回戦からのスタート。

1回表、ネクストバッターサークルで待っている間、心地良く感じました。

「ようやくこの場所に来れた」

自分の名前がコールされました。
自分への声援がひと際大きく聞こえました。ただ、うれしい!

解き放たれたかのように打席へ。
でも少しでもこの時間を感じたくて、ゆっくりと球場を見渡して打席に入りました。

投手と対峙する。
初球を見送る、ストライク。
2球目もストライク。
3球目はボールに。

(球が速い!)って思った瞬間に、相手投手の三振を狙いに来たカーブに体が反応。

抜けた!

みんなが打たせてくれたヒット。
普通じゃ打てないコース。自分の力以上のものが出せた。

公式戦初打席が初ヒット。そしてチームの"初ヒット"。
ふっと、監督を見ると、手を二回たたくサイン。

「走れっ!」 
僕はその瞬間にダッシュ。

初盗塁!
18年間生きてきて、一番のスライディングができた。
よしっ!)

ツーアウト2塁。
4番打者は、初練習の日に一緒に帰ってくれた彼。今ではチーム一番の親友。

打つと分かっていた。絶対打つって。 
僕はそれを信じてバットに当たる前に走った。

見たこともないきれいな右中間を抜けるヒット!
勢い良く走って、三塁を一気に駆け抜ける。

そして公式戦で初めてホームを踏みました。チームの初得点。

転入初日に一緒に帰ってくれたあいつが、今度は初めて僕をホームに還してくれた......。

親友と二人でとった得点が初得点に。全てが『初』でした。

普段はしないガッツポーズが自然と出ました。初回の先制点を自分が踏めた嬉しさ。
チームのみんなとハイタッチ。

最終回、2対1の一点差。
生まれて初めて公式戦で勝てるかもって思ったら怖くて、内野守備で足が震えました。
ものすごい緊張感で両足がつっていました。

――それが僕の公式戦、初勝利。

神宮で歌った初めての校歌の時に気づいた。全てが青かった。空も球場も僕の心の中も。

 

そして、僕の最初で最後の公式戦は次の3回戦で幕を閉じました。
最後の試合、今まで試合を見に来たことがない父親が応援に来ていたことを後で知りました。

その何ヵ月後かに父が家でポツリと言いました。

「お前の道は間違ってなかった。本当に最後までよくやった」

そこでやっと、僕は、高校3年間、完全燃焼できたと感じました。
これ以上苦しいことは、今後の人生で、決して起こらない。
そう思えるほど、すごく辛くて、とても長い長い僕の高校3年間。

でもやりきった。僕はやり抜いたんだ!

 

 

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